東北大学総合学術博物館のすべて Ⅷ 「中国・朝鮮国境の大活火山 白頭山の謎」

伝承となった10世紀噴火

10世紀の巨大噴火の被害を受けたと考えられる満族や朝鮮民族には、白頭山にまつわる伝承が数多く残されています。私たちは、そのような伝説が、火山現象とどのように対応しているかを調べることで、記録として残されていない噴火についての情報を得ることができると考えます。

次に紹介する「天地」の伝承は白頭山の噴火を示していると思われ、噴火を表す火とともに氷が登場します。火(噴火)を鎮めるための方法として水を用いるのはごく一般的ですが、ここで氷として描かれているのは、冬に冠雪をいだく白頭山のイメージからきているのでしょう。

朝鮮族の神話「   と七星峰」では、噴火の後、水が氾濫して洪水となったことが読みとれ、水(洪水)の去った後に噴火が終わり、平穏を取り戻したことも同時に示されています。10世紀の噴火では、マグマを噴出する噴火が終わった後、白頭山を中心とした広い地域で洪水が発生したことが噴出物の調査からわかっています。洪水は長期間にわたって何度も起こったため、噴火そのものよりも長い期間にわたって広い地域で人々を驚愕させる存在であったと考えられます。人々は、洪水の発生が治まることではじめて噴火が終わったと感じたのでしょう。洪水伝説は五穀豊穣を示すと考えられることが多いと言われますが、このような火と水をモチーフとした洪水伝説は、大規模な噴火に伴う土石流(ラハール)を描いているといえるのではないでしょうか。

満族神話「天池」
白頭山が噴火した時、火魔人が全てを焼き尽くしていた。
そこに、日吉納という娘が天鵞を駆って天帝を訪ね、火魔人をたおす方法を聞いた。
彼女は天帝からもらった氷塊を持って白頭山にいき、噴火口に飛び込んで、
火魔人の腹の中に潜り込んだ。
すると天は崩れ、地は裂け、大音響が満天に轟いた。
その後、煙は止み、火は鎮まって、ようやく山はもとの姿を取り戻した。
そして火魔人の噴火口は大きな湖に変じた。後の人々はこれを天池と呼んだ。

朝鮮に伝わる英雄伝説

画像をクリックすると大きな画像で見ることができます

朝鮮に伝わる英雄伝説

日本での噴火にまつわる伝説

白頭山の10世紀噴火が満族や朝鮮族の間に伝説として残されたように、日本でもそのような例があります。北海道や東北地方で、白頭山火山灰の真下に火山灰が発見された十和田湖の平安噴火(915年)でも、白頭山の場合と類似した伝説「三湖(さんこ)伝説」が残されています。

三湖伝説は秋田県地方に伝わるもので、十和田湖、八郎潟と田沢湖の3つの湖が関係しています。この伝説には、いくつかのバリエーションもありますが、大筋は以下のとおりです。

 最初に、主人公である八郎太郎、その恋人である辰子姫、そして八郎太郎の敵役である南祖坊の生い立ちにふれた後、八郎太郎の住む十和田湖の主権をめぐって八郎太郎と南祖坊とが、ともに龍に変身して七日七晩戦うことを伝えています。戦いは激烈であり、周囲には多量の血しぶきが飛び散ります。戦いの結果、八郎太郎は破れ、十和田湖から米代川にそって逃げるのですが、途中で休息をとるため、川を堰とめ池を作りました。しかし、そこも追われ、最終的には日本海にまで逃れ、そこに八郎潟という湖を作り住みます。その後、八郎太郎の恋人である田沢湖に住む辰子姫をめぐって、再度、南祖坊との間で戦いがおきますが、このときは八郎太郎が勝利します。

 十和田平安噴火は、過去2000年間では国内で最大級の噴火です。三湖伝説の分布域と噴火による災害の分布域とが重なることから、1966年に地質学者である平山次郎・市川賢一は、三湖伝説は平安噴火によって生まれたのではないかと考えました。たとえば、八郎太郎と南祖坊とが龍になって戦ったときの血しぶきは、湖の中山半島に見られる赤い溶岩の壁で、稲妻を投げ合い、法力を駆使した七日七晩の戦いは噴火の様子を記述しています。また、米代川に沿って八郎太郎が逃げるときに作った堰とめ池は、米代川沿いに流下した火砕流・土石流によってできたものをあらわしており、事実、秋田県鷹巣町では厚い火山灰の中から大きな建物などの遺物が多量に見つかっており(胡桃舘遺跡)、周囲には一時的な池ができていたこともわかっています。